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5/15(土)渋い観光地巡りその1:真備編 [街巡り]

この日訪れたのは、倉敷市北部の真備地区(旧真備町)。マビと読みます。人名の吉備真備は「キビノマキビ」ですが。
清音から川辺橋を渡り、右の方へ。少し迷ってたどり着いたのは、横溝正史疎開宅。

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太平洋戦争末期、横溝正史が一家で疎開してきたのが、ここ岡田村(現倉敷市真備町岡田)。金田一耕助シリーズも、ここで芽生えたのだそうです。

疎開というと何となく子供というイメージがありましたが、横溝先生がここに来たのは40歳のとき。最初は田舎独特の濃密な人間関係に面食らったそうですが、打ち解けるにつれこの地の自然と文化、人にすっかり興味を持ち、村人にも好かれ、わずか3年半の滞在で終わってしまったのですが、清音駅から東京に戻る列車に乗るときには旅立つほうも送る方も涙、涙だったそうな。

そして、金田一耕助のデビュー作「本陣殺人事件」が紹介されていましたが、伏字にしながらもまさにこの地が舞台になっているのに驚きました。「伯備線の清-駅をおりて川-橋を渡り、・・・」と、今しがた車で通ってきたルートそのままなのです。高梁川にかかる川辺橋は、今は車用の新川辺橋と歩行者用の旧川辺橋の二本がかかっていますが、旧川辺橋を横溝正史も歩いて渡ったんだなあ・・・と思うと感慨もひとしお。
そして岡山に住んで、あちこちプチ観光に行き、岡山弁にも馴染んでから改めて金田一シリーズを振り返ってみると、岡山の原風景といえるようなシーンや岡山言葉がそこここに散りばめられていて、横溝正史はまさにこの地で金田一耕助を育てたんだなあ...と感じました。

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さてさて、疎開宅の方に話を戻すと、言ってしまえばまあ田舎の普通の家ですが、玄関の脇になにやら立っている。

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うーん全然合ってない...ところで玄関引き戸の上に表札が二つあるのは「横溝正史」と「金田一耕助」です。

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家の中では土間に展示物があり、横溝正史年表、映画やテレビなどで金田一耕助を演じた俳優たちなど飾られています。居間には横溝正史が着ていた着物の展示もあり。

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庭はこじんまりとしていますが、正史が過ごしたときと変わらないたたずまいで、ゆったり時間が流れているようです。

ところで土曜の昼間にも関わらず、我々夫婦が行っている間、他の来客はゼロ。中に入っても奥の方で地元の方とおぼしき楽しげな話し声が聞こえるだけで誰もいません。表の看板を見ると昔は入場料をとっていたような痕跡がありますが、今は無料の施設なので受付もなく、ふらっと入ってふらっと出るだけという感じ。
ひとしきり展示物を見、さて次はどこに行こうかと車に乗り込んで話し込んでいたところ、「コーヒーを淹れたのでせっかくだから召し上がっていきませんか」とのお誘いが。地元のボランティアの方でしょうか、この施設を管理しておられるようで、お言葉に甘えてもう一度邸に戻りコーヒーをいただきました。なんともスローな時間でした。

横溝正史作品に興味のない方が行ったら面白くもなんともない施設だと思いますが、正史ファンにとっては金田一耕助が生きた時代、場所を味わえる地です。さらにいえば、成羽町(現高梁市)の吹屋ふるさと村にある「広兼邸」も併せて見ることをお勧めします。ちょこっとついでに行けるようなロケーションではありませんが...。八つ墓村のロケが行われた場所で、山深く分け入ったところにあるその豪邸に驚かされ、さらに村での身分関係も含め金田一耕助の世界が決して絵空事ではなかったことを知らしめてくれます。その上、瀬戸内の島々にもまた独自の雰囲気がありそうで...うーん、なかなか奥が深いぞ岡山県。


さてさて、横溝正史疎開宅を後にして、次なる目的地は「まきび公園」。真備という町名の由来でもある、当地が輩出した吉備真備を記念した公園で、記念館もあります。

吉備真備?名前は聞いたことあるけど何をした人なのかな?というのが一般的な感想ではないでしょうか。もちろん私たちもそのレベルでした。

吉備真備は奈良時代に活躍した人で、この地の豪族の家の出でしたが、奈良の都に出て若くして才を認められて遣唐使となり、阿倍仲麻呂らとともに唐にわたり、仲麻呂はそのまま唐に残ったものの真備は日本に帰り、後年もう一度唐にわたって玄宗皇帝(楊貴妃の方が有名かな)にも拝謁したそうです。最後は右大臣まで上り詰め、学者出身としてはほとんど例のない大出世をした人。1200年以上も前の話です。すごい才の持ち主、すごい経験をした人ではありませんか。

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その真備を記念した公園ということで、中国風の意匠に包まれた庭園であります。

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とはいいながら、横にある吉備寺は昔からある日本のお寺そのものでした。コチラ↓

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こちらの庭にある灯篭は、笠の石がすごく大きくダイナミックですが、灯明の部分が木でできています。これで、あの大きな石を支えているのか?驚きです。

さて次はまきび記念館ですが...またあったぞ顔出しパネル。

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金田一耕助から吉備真備へ。このギャップは何なんだ?

記念館の中には、真備の生涯がわかる資料がいろいろありました。

しかし写真に収めたのはこれ。

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このすっとぼけた、ひょうひょうとした感じ...これもまた別の意味で「本物の中国製」ですね。日本人には出せないこの味。いいですねえ。

ここでまだ時間に余裕があったので、隣町の矢掛に行くことに。
続きはまた後ほど。


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